自分はわかってない、ということがわかったところから、わかることがはじまる。
わかるとは何かというと、自分は何がわからないのかを、とことん具体的に知ることだ。
そのわからないで浮き彫りになったものが「わかる」である。
練習とはいわば、自分の「できなさ」をなるべく具体的に自覚する作業である。
なので性質上、しんどい。
やってもやってもうまくならない、どころか下手になってると錯覚することもある。いわゆるスランプだ。
しかし、それでもあきらめずに練習を続けると、ある瞬間、いきなり、今まで想像もできなかったギターの弾き方なり声の出し方が「できる」自分がいることに気づく。「できない」で浮き彫りにされた「できる」が像を結んだ瞬間だ。
「わかったということがわかった」瞬間は、間違いようのない確信が伴う。
何故ならそれは外から得た知識ではなく、「わからない」で浮き彫りにされたもの、つまり、自分の中から湧き出てきたものだからだ。