サンリオ展で泣いた

市立美術館のサンリオ展を観に行ったら不覚にも泣けてきたのだが、サンリオで泣く大人って結構多いらしい。ユーチューブでサンリオキャラの動画を見漁っていると、コメント欄にそんな大人を散見する。

 

サンリオの前身山梨シルクセンターの創業は1960年。戦争で日本が焼け野原になって、まだ15年。15年前なんて今から考えれば2011年。ほんの最近だ。

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そんな終戦まもなくの頃から「かわいい」の普遍性を確信していた創業者の先見の明がすごいし、そこから現在に至るまで、50年以上とどまる事なくカワイイを生み出し続ける原動力は、やはり戦争という悲惨な体験からくる平和への希求があるように思う。ただの思いつきや、ビジネスのためだけで、半世紀も持続して極めつけのカワイイを生み出し続けられるはずがない。

シナモロールやポムポムプリンで泣けるのは、単純に尊いというのもあるが、やはりその奥に流れる創業者の熱い思いを無意識に受け止めるのだと思う。サンリオの理念「みんななかよく」はガチだ。

 

時代的にケロッピやたぁ坊など90年代はじめの情味キャラしか通ってなかったので、シナモロールやポムポムプリンのかわいさの極まり方に衝撃を受けた。

小動物や小さい子供が持つカワイイの要素が煮詰まって凝縮されている。ポムポムプリンの動画を見ているだけで、実際子犬をなでなでした時に出る脳内物質が分泌されるのを感じる。お尻のしるしを考え出せるのが30年の蓄積なのだと思う。

https://https://youtu.be/gY5TgD-yRPI?si=7tZX8zyYB8m63sxo

 

「カッコいい」には流行り廃りがあるが「カワイイ」は普遍的である。

このサンリオの思想には納得させられる。それこそファッションなんて数年サイクルで廃るが、犬猫アヒル、小さい子供をかわいいと感じる気持ちは、多分、人類誕生の昔から変わらないのではなかろうか。

そしてかわいいは文化も超越する。ポムポムプリンの動画に各国から称賛のコメントが寄せられているのがその証拠だ。

テクノロジーで世界が狭くなるにつれ、サンリオはますます栄えていくことだろう。

「みんな仲良く」が世界中に広がっていったら、そんな素敵なことはない。

いちごの王様は武田信玄に並ぶ山梨の偉人である。

寒さに泣きながら過ごした

寒さに強くなった、、とイキっていたが、1月からの本格的な寒さにやられていた。手が冷えるとピアノが普段の3割も弾けなくなるが、指に限らず、寒さは心身の活動を7割以上停滞させる。ブログもすっかり滞った。

 

トイレの水道管が凍結、破裂した。風呂の残り湯をバケツで汲んで凌いだが、用を足すのさえ億劫な日々だった。松本の寒さは、停滞どころか破壊も伴う。

昨年、家賃値上げに応えておいたおかげで、後ろめたさを感じることなく管理会社に修理を頼めたのはよかった。

 

寝床が寒すぎて、再度テントを購入した。以前買ったテントは気密性が災いして布団の下にカビが生えてしまったので、今回は底のないテントを購入した。

アマゾンで3600円のおもちゃテント。防寒用と謳っている割に天井が謎にメッシュになっていたりと、まぁ値段なりの作りで、保温効果も値段なりだ。

夜中、寒さで目が覚めると、ペラペラのテントの布が揺れていた。部屋の隙間風を目視してしまい、心まで寒くなった。

こんな思いをしてまで無気密無断熱の一軒家に住んでいる理由は、隣人に気兼ねなく音を出せるから。そのことを思い出して、ギターをたくさん弾こうと誓った。

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断熱2026

「上手になること」が好きだ。

それが役に立つ事でも下らないことでも、何かが上達することには、他人と比べて得たものではない、純粋な喜びが伴う。

 

2度目の冬で、断熱DIYが上手になった。

去年はわざわざスライド開閉式の断熱窓をDIYしたが、昨シーズンで開ける窓開けない窓がわかったので、今年は、開けない窓は大胆にプラダンで塞いだ。プラダンは下は畳の間に、上はカーテンレールの下に挟み込むことで、テープをあまり使わず固定できる。

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開ける窓は、マグネットテープ着脱式にした。

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DAISOのマグネットテープ(3m100円)マジ神商品ですわ。磁力は弱いけど、プラダンくらいなら十分。近所のダイソーで買い占めたら入荷しなくなったので、隣町のダイソーまで買いに足しに行った。

マグネットはS極N極を間違えるとズレてくっつくので、向きには注意が必要だ。

両面テープが弱かったので、同じくダイソーの透明テープで補強した。

プラダンはホームセンターで1畳300円ほどで買える。材料費全部コミコミ、一部屋1000円もかけずにめちゃくちゃ暖かくなる。

1000円ちょっとで断熱性能が劇的にアップする事実は、DIYの有効性よりむしろ、日本の家の断熱性能の致命的欠如を物語っている。。

、、、と、いつもの「日本の家は寒い」ディスりをしてみたものの、去年より気持ちが入らない自分がいる。

健康になったのか、単純に慣れただけなのか、明らかに、去年より寒さに強くなってしまった。

防寒具や断熱に様々時間とお金を投資してきたが、結局一番の自己投資は、自分を逞しくすることに尽きる。

 

〽高気密 高断熱 サッシが三重で

そんな家 夢見てる アラフォーおじさん

今年こそはバカ喰いをやめる

年始にオステオパシーの施術を受けた。やはり身体の歪みの原因は、食べ過ぎで内臓の位置がおかしくなったから説に固まった。

前回の施術を受けて以来、多分そうなんだろうな、と思っていながら、年末から食べ過ぎを止められなかった。そしてそのまま臨んだオステオパシーで、内臓の位置を調節する施術を受けている自分のバカさ加減に情けなくなった。壮大な自作自演をしているようなものではないか。

今年は、夜、際限なく食べ続けてしまうバカ喰い癖を辞められるまでは、プロの施術的なものにお金を使うのはやめることにした。バカ喰いをやめなきゃ何もよくならないし、多分バカ喰いを止められたら、全てが良くなっていくような気がする。。

 

年末に、大食いの後遺症で「 『お腹すいた』も『お腹いっぱい』もなくなってしまった」というフードファイターの告白がニュースになっていた。

自分と全く同じ境遇でワロタ。

https://news.yahoo.co.jp/articles/2a079951e52826593ced6cd187b4f973810e74db

 

 

献血した

「人間は、他の生き物の命を奪わなければ生きていけない。故に、他の生き物のために生きるのが人間の摂理である」

ある神父さんの言葉だが、「食べること」について、これ以上に芯を食った発言を知らない。

 

この言葉に触発されて献血へ行った。自分のような胃拡張穀潰し太郎でも、からだ一つで、すぐにできる、他者に生命を分け与える行為が献血だ。

 

人生2度目の献血。

前回、松本一の善人になったつもりで献血センターに入ってみたら、大入り満員で驚いた。世界は、思っていた以上に優しさであふれていた。

前回は日曜だったのだが、今回も、平日の15時という半端な時間に関わらずセンターは盛況。採血ベットは予約者で一杯だ。この優しい世界に一時でも我が身を置ける喜びだけでも、献血に行く価値がある。

 

今回は初の成分献血。血の中の必要な成分だけを抜いて、残りは身体に戻す。身体への負担も少ないらしが、時間は少し長くかかる。その時間を利用して、今この記事を書いている。

俺はブログに書いてしまったけれども、当ブログ読者におかれましては、是非一度、人知れず献血に行ってみて欲しい。

人知れず善いことをすると、はじめて、世界は誰かの人知れない善意で溢れていることに気付くことができる。

オステオパシーを体験した&2025振り返り

時が経つのは早い。その証拠にもう2025年が終わる!!

今年も結局去年と同じで、何かしなきゃとか言っているうちに何もしないまま終わった一年だった。

 

もはや左大腰筋解放の記録と化したこのブログ。

今年は、さまざまプロの力を借りた。ロルフ、大腰筋への鍼、顎関節整体など。

根本解消には至らないが、身体はだいぶ楽になった。明らかに疲れにくくなった。以前は仕事後はぐったりして家で大の字になっていたが、最近は出かけるくらいの余裕はできた。以前が異常だった。

血の巡りがよくなったせいか、暑さ寒さに耐えられるようになった。

あんなに辛かった松本の寒さが、今年は平気だ。

手袋なしアンド靴下一枚とスニーカーでバイクに乗るなんて、去年の冬には考えられなかったことだ。

毎年霜焼けでパンパンに赤く膨れ上がった手も、今年は何ともない。

シーズン前に新調したワークマンの防寒靴も、バカみたいに重たいビニール素材のバイカーパンツもまだ全然活躍していない。去年は職場でも上着を四枚くらい重ね着してたけど、思い返せば、同僚にそんな奴は一人もいなかった。これも、去年までが異常だったのだ。

去年買った1人用こたつはメルカリで処分した。身体が強くなると身軽になれる。体調の変化は今年の成果と言える。

 

年の瀬にオステオパシーの施術を受けた。

ひょっとしたら左大腰筋の癒着は顎のズレが原因では?という疑惑を年内に解消すべく、首から上を診てもらい、頭蓋のバランス調整をしてもらった。

 

当方十代の頃にインプラント手術を行っている。最近知ったのだが、骨の成長の止まっていない10代でインプラント手術をするのは、現代では有り得ないことらしい。

それを知って以来、原因不明の左大腰筋の癒着の原因は、インプラントによる顎のズレから来ているのでは、と思っていたのだが、果たして先生の見立てはそうではなかった。

「アゴは確かにずれているが、左大腰筋の歪みはとの関連性は薄い」そうだ。

むしろ、左の肋骨と横隔膜の動きが非常に鈍く、それが左大腰筋癒着の原因では?という見立て。

そう言われたら、思い当たる原因は一つしかない。10代からの食べ過ぎだ。左肋骨内、横隔膜の上にある胃が、食べ過ぎによって落ち込み、左半身の動きを阻害する。その仮説の可能性を問うと「大いにありうる」と言っていた。

 

心身の安定を司る根幹の筋肉たる大腰筋の機能不全。この重篤な事態の原因は、子供の頃の手術という不可避な運命のせいに違いない。そんな他責な願望はここで砕かれた。食べ過ぎが原因としたら、間抜けな自業自得でしかないではないか。

しかし運命は変えられないが、自責ならなら自分で変えられる。いよいよ食べる量を減らす必要性が実感された。

 

左大腰筋癒着の原因は顎のズレ?という見立ては外れたが、実際顎はズレていた。

右上の前歯にインプラントが埋めてあるのだが、「その部分の左右の骨と肉が、インプラントに向かってギューッと集まっている」らしい。そんな上顎のゆがみと帳尻をあわせるために、下顎がズレているようだ。

そのギューッと集まった骨と肉を、解放してくれた。上あごの骨って動くんだなー、と初めて身をもって知った。

 

当方、自撮りするとわかるのだが、常に顔が若干右に傾いで、左肩が下がっている。

この原因もてっきりインプラント手術のせいだと決めつけていたのだが、これは生まれつきの頭の歪みからきているものらしい。

なんでも俺の頭は、出産時に助産師さんに引っ張り出された類の歪み方をしているそうだ。

母親には「信じられないくらい安産だった」としか聞いたことがなかったので寝耳に水だった。正月に帰省したらそのあたり聞いてみようと思う。

 

その他、「右の咀嚼筋が使いすぎで硬くなっている」と言われた。

以前、顎関節の専門家に「右の咀嚼筋を全然使っていない」と指摘されて以来、バランスをとるために右奥歯でガムを噛みまくっていたのだが、やりすぎたようだ。もうガムはやめる。

 

 

結局、顎と大腰筋癒着との関連性は確定できなかったものの、自分の身体を様々な角度から色々知ることができて、有益な時間だった。

結局、自分の身体は複合的に歪んでおり、それらを地道に一つづつ整えていく事が左大腰筋解放に至る道筋、というのがオステオパシーの先生の見解で、自分もその説に納得した。

 

左大腰筋の癒着。今年も完全解放には至らなかったが、するべき事は確実に、はっきりしてきた。

2026年こそ完全に解放したい。

 

声帯ポリープ手術顛末記⑦退院〜沈黙療法〜社会復帰

結局三泊四日で退院した。帰宅後は一週間の沈黙生活を送る。

手術後は沈黙厳守だ。傷が治らないうちにしゃべると、傷口で左右の声帯が癒着してしまい、それをはがすために再手術 、という最悪の事態にもなりかねないらしい。尽力して下すったすべての医療従事者の皆様のためにも、それだけは許されない。

そんな大事な期間なので、基本、入院しての沈黙療法を勧められるのだが、当方一人暮らしかつ、普段から喋らないことに全然苦を感じない陰キャ、家でも問題なかろうと早期退院を志願した次第だ。結論、何の問題もなく無事1週間を過ごせた。

せっかく降って湧いた1週間、なにか有益なことをして過ごそう、と思っているうちに、気づけば1週間過ぎていた。時が経つのは速すぎる。

 

1週間後、かるーく声を出してみた。今まで音像を結ばなかった軽い裏声が、何年かぶりに出せるようになっていた。はじめて手術してよかったという実感が湧いた瞬間である。

 

月曜日、術後経過を診てもらった。きれいにポリープは消えており、フルで声を出す許可を貰えた。

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↑ビフォー写真を撮り損ねる詰めの甘さが、ブロガーになりきれない所以である。手術前は向かって左の声帯にコブがあった。向かって右の上の方の白いのは、痰、とのこと。